☑️【2分で読める要約版】
変形性関節症(OA)の痛みは、単なる「骨同士が擦れる」だけではなく、多くの要因が複雑に絡み合って生じる。
主な痛みの原因
・関節構造の変化:骨棘形成、軟骨損傷、骨髄病変(BML)など。
・滑膜炎:関節内の炎症が神経を刺激し、痛みを増加。
無神経組織への神経侵入:本来痛みを感じない軟骨や半月板に神経が伸び、痛みを感知。
感作(過敏状態)
・末梢性感作:関節周囲の神経が刺激に敏感に。
・中枢性感作:脳・脊髄が過敏化し、痛みを感じやすくなる。
・神経障害性疼痛:神経そのものの異常による痛み。
・下行性疼痛抑制系の異常:脳からの「痛みを抑える仕組み」がうまく働かない。
・nociplastic pain(ノシプラスティックペイン):明確な損傷がなくても脳の機能変化により痛む。
治療のポイント:
痛みの原因は患者ごと・病期ごとに異なるため、画一的でなく個別に対応することが重要。
画像診断や感作の評価を通じ、”原因に応じた治療(テーラーメイド医療)”が求められる。
変形性関節症の痛みの正体とは?―複雑に絡み合う“痛みのメカニズム”を解説
「変形性関節症の痛みは、軟骨がすり減って骨同士がぶつかるから起こるんですよ」――このような説明を聞いたことがある方は多いかもしれません。確かにそれは事実の一部ですが、実は変形性関節症(OA)の痛みは、もっとずっと複雑です。
この記事では、なぜOAは痛いのか? という疑問に対して、最新の医科学的知見をもとにその仕組みを解き明かしていきます。膝や股関節の痛みに悩む方、またはリハビリや整形外科に関わる医療従事者にとっても、理解を深めるヒントになるはずです。
そもそも、変形性関節症(OA)とは?
OAは、加齢や関節への負荷によって、軟骨がすり減り、骨が変形していく慢性疾患です。膝関節、股関節、脊椎などによく見られます。症状としては関節痛、腫れ、こわばりなどがあり、生活の質(QOL)を大きく下げてしまいます。
しかし、「軟骨が減って骨が擦れるから痛い」と単純に理解してしまうのは早計です。関節痛の背景には、構造変化に加えて神経や脳の働きも深く関係しています。
痛みの原因①:構造的な変化と炎症
OAでは、以下のような関節構造の変化が進行します。
- 軟骨の摩耗・欠損
- 骨棘(こつきょく)の形成
- 関節内の滑膜(関節を覆う膜)の炎症
- 骨髄内の変化(骨髄病変=BML)
特に注目されるのが滑膜炎です。炎症が起こると、体内の免疫細胞が活性化し、サイトカインやケミカルメディエーターという化学物質を放出。それが神経を刺激し、痛みの発生源となります。
また、軟骨下骨(軟骨の下の骨)にかかる力が増すことで、微小骨折や骨髄の炎症が起こり、これも痛みに結びつくと考えられています。
痛みの原因②:神経の変化と感作(かんさ)
関節痛のもうひとつの側面は、神経の働きの変化です。
●末梢性感作とは?
関節内の神経が、繰り返される刺激により“過敏”になる現象です。微細な刺激でも痛みを感じやすくなり、関節周囲の感度が高まってしまいます。
●中枢性感作とは?
さらに痛みが続くと、脳や脊髄など“痛みを処理する中枢”にも変化が起こります。これにより、「痛みが強く感じられる」「痛みの範囲が広がる」などの症状が出てきます。これが中枢性感作です。
実際、OA患者の脳画像では、痛みに関連する領域に異常な活動が見られることが分かっています。
痛みの原因③:神経がないはずの場所に“神経が生える”
本来、軟骨や半月板の内部には神経が存在しないとされています。ところが、OAの進行に伴って、血管や神経がこれらの無神経領域にまで侵入することがあります。これは血管新生(けっかんしんせい)や神経伸長と呼ばれる現象で、痛みの新たな発生源になります。
NGF(神経成長因子)やVEGF(血管内皮細胞増殖因子)といった成長因子がこの現象に関与していると考えられており、近年はこれらをターゲットとした治療も研究が進んでいます。
痛みの原因④:脳の“痛みの抑制機構”がうまく働かない
人の体には「痛みを抑える仕組み(下行性疼痛抑制系)」が備わっています。しかしOAでは、この働きが低下してしまうことがあり、痛みが慢性化・強化される原因になります。
痛みの新概念「ノシプラスティックペイン(nociplastic pain)」とは?
近年注目されているのが、「明確な炎症や組織損傷がないのに痛みが続く」現象。これはnociplastic pain(ノシプラスティックペイン)と呼ばれ、線維筋痛症などと同様に中枢の“痛みの感じ方”の異常が関与しているとされています。
OAでも、こうした痛みの存在が報告されており、脳の機能的な変化が関与している可能性が示唆されています。
まとめ:OAの痛みは「構造+神経+脳」の三位一体
変形性関節症の痛みの原因は、以下のように多岐にわたります。
- 骨や軟骨の構造的損傷
- 関節内の慢性的炎症
- 神経の過敏化(末梢・中枢性感作)
- 本来無神経な組織への神経侵入
- 脳の痛み抑制機構の低下
- nociplastic painによる感受性の変化
これらは病期や個人によって異なり、それぞれが単独または複合的に関わっているのが特徴です。したがって、治療においては「どのメカニズムが中心か」を見極め、個別性の高いアプローチ=テーラーメイド医療が重要です。
今後の高齢化社会において、OAによる痛みと向き合う機会はますます増えるでしょう。正しい理解と多角的な評価が、患者の生活の質(QOL)を支える第一歩になります。
【参考文献】
石黒直樹ほか(2020).変形性関節症はなぜ痛いのか?『日本ペインクリニック学会誌』27巻1号,8–14頁.
JSTAGE:https://www.jstage.jst.go.jp/browse/-char/ja
※詳細な内容に関心のある方は、原著をご参照ください。
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